04


「分かった所でどうにもならねぇな」

驚くでも恐怖するでもなく現状を受け止めた真哉は黙々と足を進め、町の外れに寂れた神社を見つけて上がり込む。

「失礼」

腰に挿した刀、愛刀-緋雨(ヒサメ)-に左手を添え、警戒しながら本殿の扉を右足で蹴り開けた。

誰も居ないことを確認し、土足で上がると奥まで進み、蹴り開けた扉を正面にするように壁に背を預けて座る。

「ふぅ…」

ここで夜が開けるのを待つか。

仕事柄夜目は利く方だが、何にしても動くのは夜が開けてからの方がいいだろう。

そうと決まれば手持ち無沙汰になり、真哉はそういえばと左手にある、男から渡された黒いチップに視線を落とした。

「ん?」

よくよく見ればそのチップは何処かで見たことのある形状…SDカードだ。携帯電話やデジカメなんかに使うメモリーカード。

「確か携帯が…」

真哉は上着の懐を探り、防水機能がついた薄っぺらい赤紫の携帯電話を取り出した。

携帯から、挿してあったSDカードを抜き取り、手にしたカードを入れる。

消音にしている携帯を操作し、メモリーを呼び出した。

開いたメモリーの中には幾つかフォルダが存在し、適当に開いてみる。

行事予定?…と、それに伴う警備配置?一番隊…二番隊…三番隊…。

「…真撰組の内部情報か」

と、いう事は、あの黒服集団は真撰組で高杉とかいう奴と橋の下で会ったあの優男、攘夷志士か。

そして知らぬとは言え真撰組を斬り捨て、攘夷志士に加担した俺は…。

パチンと携帯を閉じ、側に置いてあった刀を手に取る。

直後、音もなく真哉のいる本殿の入口に影が差した。

音は無くても、隠そうともしない殺気が真哉に浴びせられる。

免疫のない人間だったらこの殺気と威圧感に指一本動かせず、抵抗も出来ぬまま殺されているところだ。

それぐらい凄まじい気がこの場を支配していた。

「誰だ―」

チキッと鯉口を切り、刀身を僅かに見せた状態で真哉は逆光で顔の見えぬ相手を睨み付けた。

「ククッ…、刀を持った黒髪の女。いや男か。追われてたのはテメェか」

愉快そうに低く笑った相手に真哉も殺気をぶつける。

気を抜いていたのか、仕事中に変装を見抜かれたのは初めてだ。


「だったら何だ。…アンタも刀を持ってるじゃねぇか」

逆光で良く分からないがコイツはあの黒服じゃない。シルエットからすると男は着物に、羽織、腰には刀を挿している様だ。

刀?…コイツ攘夷志士か。橋の下で会った奴より危ない雰囲気を持ってやがる。

「奴等を斬ったのもテメェだな」

「そうだ。アンタ等には都合の良いことだろ。それとも、奴等を横取りした俺が気に入らなくて殺しにでも来たのか?」

クッと挑発するように口端を吊り上げ、コイツが攘夷志士だと仮定して話を進める。

「ほぅ…中々良い目をするじゃねぇか。桂ンとこの使えねぇ奴かと思ったがチゲェな」

桂?もしかして…

思い当たる節がひとつある。

橋の下で会った青年。彼もまた「俺達にまで被害がおよぶ」と、高杉とは別ものだというような言い回しをしていた。

真哉は目の前の男の口振りから、コイツは伝言を託してきた青年とは別の組織の人間だと推察する。

カマ、かけてみるか。
違ってても俺には関係ないし、最悪消してしまえば問題はない。

すぐに抜刀出来る体勢を取ったまま真哉は男に言葉を投げた。

「高杉、…お前のやり方は危なすぎる。俺達にも被害がおよぶってアイツは警戒してたぜ」

「フン、怖じ気付いた奴等が何言ってやがる」

当たりだ。目の前の、この殺気を撒き散らす危ない男が高杉だ。

ならば受け取ったSDカードはコイツに渡すべきか。

だが、今ここで奴から目を離そうものなら死ぬ、とまではいかないまでも斬りかかられそうな気がする。

まぁ、それはそれで愉しそうだが。

「おい、何笑ってやがんだ」

「あ?」

気分が高揚してどうやら自分でも知らぬうちに笑っていたらしい。

殺気の増した高杉に真哉は笑みを消すことなく言う。

「それでアンタは何しに来たんだ?真撰組がうろちょろしてる中出てきたんならそれなりの理由があるんだろ」

そう聞くと高杉は不機嫌だったのも忘れたかのようにククッと口端を吊り上げた。

「あァ…、幕府の狗を斬り殺した女ってのを見に来たんだが…こりゃ中々。面白そうじゃねぇか、…なぁ?」

スッと高杉の右手が腰に挿された刀の柄にかかる。

真哉は僅かに腰を低くし、構えた。



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